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師走ですね

DSC_0432.JPG


撮影所が近くにあった関係で、

京王線の調布駅構内にはこんなものがあります。

映画の街、調布を売りにしているようです。


また水木しげるさんが住んでいたということで

ゲゲゲの鬼太郎なんかもよく見かけます。


DSC_0437.JPG

VANSとのコラボ


ファン層、重なるのかしらと余計な心配。

私は一反木綿好きです。

歩く歴史シリーズは、

少しお休みです。


ゆったりしている師でさえ走る、という意味か

師というものは忙しいので12月に入れば走り出す、という意味か


どちらか忘れましたが

私は師でなくても


なんだか11月半ば頃からなんだかせわしく

落ち着く間がありません。


ブログに手がまわらず

スマホでちょろっとできるツイッターと

インスタ三昧、です。とほほ







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歩く歴史3

歩く歴史3、はテレビジョンです。

NHKでも民放でも、亡くなってもいないのに、(ごめんなさい)

テレビジョン創成期からの生きた歴史として

黒柳徹子さんのドラマをやっていますね。


私が小さい頃、うちにあったのはこれです。↓


アルバムより2.jpg


映りが悪くなると空手チョップで持ち直す、という、

ブラウン管のテレビの上に、

室内アンテナが乗っているのが定番でした。

百科事典がうちにあるのも、お決まりでしたね。


現在、子供を叱る割に、自分はよーくテレビは見ていました。

ブラジルの学校は半日で終わるので、TVを見る時間も長かった。

子供向けの当地の番組のほか、

日本のお古のアニメ「リボンの騎士」や「母をたずねて3千里」、

特撮も「スペクトルマン」、

「ワンダーウーマン」や「600万ドルの男」他のアメリカのヒーローもの、

「トムとジェリー」や「フリントストーンズ」などのアニメ、

「大草原の小さな家」や「ジョン&パンチ白バイ野郎」などのドラマ、

そして「ジェリー・ルイス」シリーズ、けっこう

番組も豊富でした。


治安の問題もあって、あまり放課後外遊びをすることは

なかったので、一番の娯楽はテレビだったのです。


日本のテレビでは、最初、音楽のところでも触れましたが、

音楽番組にハマりました。

あと高校生当時流行っていた、クイズダービーやハンターチャンス、

クイズ100人に聞きました、なるほどザ・ワールド、のクイズ番組も

よく見てました。

世界ふしぎ発見、は当時始まったばかりで、

世界史の先生が勉強になるので見るように勧められた覚えが。


なぜか、受験生の頃の方が、大学生の頃より

ドラマもバラエティも、テレビ自体よく見てました。


だから、SMAPとか東京ラブストーリーとか、

あの頃流行っていたはずのものを、なぜか全く見てません。

暗黒時代ですね。(笑)

大学デビューで澁澤龍彦とかにひたっていたので

テレビのバラエティとかに興味がなかったのかも。


あと20代の頃は、映画のほうが楽しくて

ギンレイホールに通ったり、テレビを見る暇がなかった。


一人暮らしをしたとき、知人から小さなテレビをもらったものの、

それを捨て、しかも受信料の自動支払いはそのままだったので、

テレビもないのに払っていたことがあります。


脱線しました。また。


子供が生まれてしばらく、

ビデオVHSのジブリ映画、あと、図書館で借りてシリーズで

「アルプスの少女ハイジ」「ポリアンナ物語」「赤毛のアン」

観ました。でもやがてビデオは淘汰されてしまい、


デジタルへの移行とともに、

うちも薄型テレビ、そしてビデオデッキも

HDDレコーダーに。←最初、意味もわかっていなかった。


最初、あまり録画することもないし、

再生専用でもいいかも、と思っていて、

勧められるがままにDVDプレーヤー内蔵のテレビを買いました。

パソコンのように横からビューっと出てくるやつです。


でも、あれは、

よく詰まるのです。出てこなくなります。

時々子供が二枚重ねて入れたりすることもあります。

はっきり言って使えないです。手軽だけど。

今思えば、昔テレビデオというのがあったけれど、

あれと同じ発想の商品なんですね。


で、結局、外付けのHDDも買いました…

今子供たちがお笑い番組とかドラマを録りためるので、

すぐいっぱいになります。増やすことを考えなきゃだけど、

配線を考えるとくらくらします。


子供たちは、生まれた時からあるので、

すっかり上手に録画予約(前よりずっと簡単ですが)したり、これを

駆使しています。

おばあちゃんたちはさわれもしないのに!


子供が小さいころ、Eテレの面白さに目覚めて、

けっこう見てます。今でも。

質の高い番組が多いと思います。

あと、テレビ東京も面白いです。

どちらも、芸術系が充実しているし

スポンサーに縛られない?のがいいのかもしれません。

クイズ番組も親子で大好きです。漢字が得意なので自慢できます。

お笑いは、子供たちは何度も録画をみなおして爆笑してますが、

私はあまりわからないなぁ~


そして今や、子供と一緒に

ドラマ観賞もできるようになりました。

Hシーンとかでは困りますけど。聞かれた時の説明とかも面倒。


JCOMのオンデマンド、

レンタルに行ったり返したりする手間がないので、

便利です。アマゾンプライムとやらも良さそうですが、

まあそんなに時間もないので。


なんだかんだで、テレビは面白いですね。

でも、そろそろどっぷり映画を観るというのも

小説にのめり込むというのも、


やりたいのであります。まだしばらく

ドタバタしているから無理そう。少しづつ、、かな。



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歩く歴史2

オーディオの次は、


私が

50年近く生きた歴史の中で変遷してきた

ワープロ系のもの。


ついにさわっちゃった.jpg

(診療所ですが、たぶん院長の趣味で、古いMacとバイク用品がたくさん

待合室や診察室に置いてあります)


まず、英文タイプライターが最初でした。


ミシンの次くらいに、

造形としても美しい器械だと思います。

(時計、カメラは別。)


子供時代、うちに祖父が使っていた古いタイプライターがありました。

それは合皮のファスナーでぐるりと開け閉めするカバーがあって、

コンパクトなものでした。ちょっとリボンがへたっていたけれど、

それをそのままガンガン打ち付けて使っていました。


3ヶ月ほどスクールに通って、免状みたいなものも取得しました。

ブラインドタッチとか、何分でなん文字、ミス何個、みたいなやつ。

今は、子供の頃から誰もが親しんでいるので

あえてこんな資格などないのかもしれませんね。


高校の頃、和文タイプライター部があって、

興味があったのですが触ったことも見たこともなく終わりました。

英文のように23文字なんかでまかなえるものじゃない

和文のタイプってどうなってるんだろう!?と今でも謎のままです。


大学生の頃、ワードプロセッサが発売されました。

書院、を使った(たぶん買った)記憶がうっすらあるのですが、

卒論は手書きだったし、(中国古代哲学の人名、地名を打つのが大変だったから)

普通のレポート提出に何度か使ったくらいでしょうか。

あまり使わないうちにフェイドアウトしていきました。


アルバイトではじめて電子英文タイプライターを使いました。


アナログのほうが音も(カタカタカタ、チーン!)

打った跡で紙が凹むのも素敵だと思いますが、

電子のは、文字盤がディスク状で面白い。書体=フォントごとに

この文字盤を交換します。誤って打った文字の上を同じキーで

白いテープのところを打って、修正もできるのです。


このアルバイトでは、写植の職人さんなんかもいたのですが、

私は、IBMの黒い画面に緑の文字の最初期のパソコンを使って

データの直しなんかもやってました。


それから何年か経って、その職場に職員として勤務したときは、

初期のMacで、DTP編集を教わり仕事にしてました。


楽しかった、思えば。毎日、遊んでいるような心持ちでした。


(よく引っ越す会社でしたが神保町とか飯田橋神楽坂とか

半蔵門、立地もたいへん良かったです。毎日昼休みに散歩三昧。)


その会社に在籍している間に、同僚のSEの中国人Kさんが、

すごい時代がやってくるんだよ、と興奮気味に熱く語って、

その人に勧められるがままに、

Thinkpadを買いましたが、はっきり言って、


私にはパソコンを持つことのメリットなど

あまりわかっていませんでした。

CDもアルバムも何もかも、パソコンに詰めてしまえるんだよ!

とKさんは語っていました。


その後、NECのでっかいパソコンを、

誰かの職場のお古でもらってうちで使っていたのですが、


姿は大きなブラウン管テレビ+ハードディスクの大きな箱、

音はジーコロコロとうるさいし、立ち上げるのも

つながるのも遅いし、

これまたなんのメリットが?と思いながら、


使っていました。一応、時代についてきてたのですね。


そのあと一回ノートパソコンを使い潰して、

今のは4代目のTOSHIBA Qosmioです。魔除けの赤です。


相性がいいようで、けっこうトラブルなく愛用しています。

キーボードもマウスもコードレス、無線LANの割に

なんだかんだでコードやケーブル類は多いですね。


ガラケーで一生頑張ってもいい、と

思っていましたが、3年前くらいにスマホもデビューしました。


色々と便利です。でもブルーライトで

ただでさえ「えんきん」で弱りがちな目を酷使しているのかもしれません。


仕事でも、使っているし。


アナログも好きだけど、時代とともに、

こちらも歴史を歩んできた感があります。






映像がとてもかっこいいと思います。

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追記

ハードについて語ろうと思ったのに、


つい脱線して、聞いていた音楽について

言及しまくってました。


コレクターの方には遠く及びませんが、

しかし、服や化粧品にはお金をかけなかったぶん、

若い頃、本やCDや映画にはかけたほうだと思います。


よって、CDもけっこうポンポン買ってました。

かさばるプラケースだけ捨てて、歌詞の本とCDだけは

フォルダーに分野ごとにいれてまだ持っています。


邦楽系が多くて、

既に言及しているもののほかに

多いのが井上陽水、奥田民夫、スピッツあたりかな。


ほか、クラシックに傾倒した時期もあり、


ブラジル音楽、ボサノバのほかは

シコ・ブアルキやカエターノ・ヴェローゾ、ガル・コスタなど。


映画のサントラがいくつか。


洋楽は、JWAVEで聴いて買ったものが数点。


けっこう、面白いディスコグラフィーかも。


編集して、聴き直してみたくなった。




見本が錆びまくってます↓


電池自販機.jpg

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歩く歴史1

LPCD.jpg


LPのデザインのCD。かっこいい。


先日、カセットテープの形(実物より小ぶり)のものを、
カバンにぶら下げている女子高生を見ました。


理解するのにしばらくかかりましたが、

要するに、レトロなモノをカワイイと思う気持ちで、

そういうグッズが作られ、売られているのでしょう。

理解といっても、推測ですが。


最近ラジカセも流行っているそうなので、

そういう意味でダサかわ、というのか、

クールでスタイリッシュな最新のものの対局に、

そういう昭和の遺物があるのでしょう。


私だって、自分が知らない昭和初期や大正時代の

物に甘酸っぱいノスタルジーのようなものを感じ、

嫌いではありません。いや好きです。


でもまさか自分が若かりし頃に普通に

持っていたり使ったりしたものがそういう対象になるなんて、

思ってもいませんでした。




音楽に目覚め始めた中学生のころ、叔父にもらった縦型のお古のラジカセで、

ラジオ番組やテレビ番組から、雑音のばんばん入る録音をしていました。

緩んだテープを鉛筆でくるくる巻いたりしました。

ラベルに曲名をびっしり書き込んでました。


うちにあったのは、古い家具調蓄音機のLPプレイヤー。

(今あれば、骨董品だな)

初めて買ったのは、アイドルのLPレコード。

しばらく捨てられずに持っていましたが

いつしか何処かへいってしまいました。


やがて、ダブルデッキのコンポを

(ブルーとかピンクのボタンのファンシーなものでした、

いかにも80年代)買ってもらい、

友達から借りたカセットをせっせとダビングしたりしました。


音楽も、テレビ番組が全盛期のころで、それはよく見ていました。

地方で、チャンネルが4つ、うち2つは国営放送。

特別につないでいるおうち(地域?)でしかヒットスタジオは見られなかったのでした。


大学生になった頃、時代はLPからMDそしてCDへ。

新しいものに飛びつくのは遅い方なので、

MDは持たずに終わりました。

でも、その頃は私の歴史の暗黒の時代で、


勉強に明け暮れたわけでもないのに、

すべてにおいて虚無的な気分だったので、


音楽も人から薦められたものを「ふーん」と受身で聞いていただけだったかも。


けっこう、

吉田日出子とか小林克也とか中島みゆきとか、

ドアーズとかケイト・ブッシュとか、

当時の交友関係を物語っているセレクトです。


いや、時代を物語るものがありました!
(まだ持っているCDの中に)

イカ天ですね。たまと、人間椅子にハマりました。

あと、葉加瀬太郎がいない方のクラシックユニット、Gクレフというのにも

ハマりました。たまは、ほとんど全部のCDを持っています。

あの国籍不明の詩情あふれるものがなしさが、たまらなかった。


その後、20代後半自分でハマっていったのは、憂歌団でしたが、

これもちょっと今思えば濃いですね。

コンサートの野次合戦に、ビックリしました。


CDウォークマンも持ったことがありますが、

ラジオの方が楽しくなり、通勤も片耳ラジオでまるで競馬のおじさんみたい、

と言われました。朝はジョン・カビラ、帰りはピストン西沢の

JWAVEですが音楽の印象はあまりないです。


JWAVEで知って一番鮮烈に打たれたのは

かせきさいだぁーでした。


そして今気がつけば、

音楽をとりまく世界も変わってしまいました。


iPodも持っていないし、スマホでも音楽は聴きません。

時々、パソコンのYoutubeをBGMにかけたりしますが、


NHKのAMが一日かかっている感じです。

音楽番組もほとんど見ません。

CDコレクションも、出して聴くことはないです。

新しいものももう買わないですね。


一番新しく買ったのは、数年前、

まちおこしのジャズフェスで生を聞いて感激した

さとまき(さとうまき)さんの野太いプロテスト・ソング?のCD。


10代から50代へ、40年の歴史、

音楽シーン。





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ネットニュース

未来っぽい.jpg


新聞をとるのをやめて、一年以上経ちます。

本当は、新聞は嫌いではないのですが、読むのが追いつかなくなり、

ただそのまま束ねて捨てるだけの形になっていたからです。


そして週に一度のこども新聞だけにしました。


以前は電車通勤だったので、

中づり広告の見出しなんかでもワイドショーニュース的なものは

拾い読みしてたのですが


今はネットで見るものだけ、

たぶん思い切り偏っているような気がします。


SNSで今話題沸騰?しているのが、


黒髪、そしてお櫃、この二つのキーワードのようです。


いずれも日本社会は…というニュースです。



私の学生時代は、オキシドールで脱色する人はいても

まぁ八代亜紀さんや青江三奈さんくらいしか

茶髪の人はいない時でしたから、というか、


暴走族やスケ番なんかにはパーマ、毛染の人もいたのかもしれませんが

あまり身近にいた覚えがありません。


でも、パーマか自毛か、で

風紀委員の先生とかに髪の毛を濡らされた、というような

話はありましたねぇ。聖子ちゃんブローをしていくと、怒られるとか。


お櫃、の方はあまり意識していませんでした。

当たり前のようにそれを受け入れていたのかもしれません。

それより、苦痛だったのは、


飲み会などでの、

ビールのお酌です。あれは悪習ですね。

注がれる方にとってもそうだと思います。

ぬるいビールに冷たいビール足したり、

あるいは飲むペースを邪魔されたり、最悪です。


いいお近づきのきっかけなのかもしれませんが、

なぜ女子社員はすべてあれを強要されるのか、不思議でした。

お茶くみより嫌だったかも。


それにしても、


100歳くらいの人を見ると、歴史を見てきたんだ、と

思っていましたが、


自分も半世紀近く生きていると、

もはや若い人から見ると私も充分、

歴史を生きているんだ、と

つくづく感じるようなりました。


振り返ってみたいと思っています。





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